01 / 歯車の街

歯車の街

ここは歯車の街。
街の至るところに歯車がある。
家の壁も、煙突も、人工的に作られた自然さえも歯車で構成されている。
街の入り口からは、街の象徴である二つの巨大な歯車まで続く道がある。
もちろん、その道も歯車で作られたものである。
巨大な二つの歯車を見上げる男が言う。

「このビッグジェアーズは、世界一大きな歯車だ。この街の誇りだよ。」

一分に一回、二つの歯車がかみ合う仕組みになっていて、街ができてからの数百年、この街の様子を休むことなく見続けている。
また一人の男が言う。

「私たちは毎日この歯車がかみ合う様子を見ている。
 一分、一時間、一日中。
 人により様々だが、私たちはこの歯車がかみ合い続ける限り、ここを離れることはない。」

この街の人々にとって、この二つの歯車は、体中に血を送り続ける心臓と同じ。

所変わって、街の北に行くと、川が流れている。
近くまで行かなければ分からないが、流れているのは細かい歯車である。
上空から見下ろせば、青々とした美しい川の流れであると思うだろう。
川は、街の技師たちが技量の全てをつぎ込み、歯車同士がぶつかり合う音を、川の流れと同じ音になるよう、歯車を設計し、青く着色して流す。
南にある山も、全てが歯車で構成されている。
地面に落ちた木の葉を踏むと、無数の小さな歯車が散らばる。
四季を通じて色こそ変わらないものの、その造形美には目を奪われてしまう。
北の川の出発点に、街に一つしかない、大きな工場がある。
工場では、街に出回る歯車の全てが生産されている。
また、街の人々は皆そこで働く。
子どもも、青年も大人も老人も。
男女を問わず、この街に住む全ての人がその工場で歯車を作り続けている。
働く人々は、歯車を作る作業を労働だと思っていない。
ある女が言う。

「だって、この街を支えているのは、この歯車なのよ。
 私の生活だって、全て歯車に支えられているの。
 こんな小さな歯車だって、人々を力強く支え、時に魅了するわ。」

もちろん全てにおいて歯車が支えているわけではない。
生きるために肉や野菜を食べるし、服も、アクセサリー程度に歯車が使われているものの、布でできたものを着ている。
それでも街の人々は、全てが歯車のおかげであると考えている。
そのため、彼らは外の世界に全く興味を示さない。
街に入っていく者はいても、街から出ていく者はいない。

一人の男が、見せたいものがあると言ってきた。

「この街の創設者だよ。
 私たちにとって、神様よりも偉大な存在だ。」

そう言い、男は街の象徴のもとへ歩いて行き、左側の歯車にある扉を開けた。
出てきたのは地下へと続く階段。
幾度となく折り返すその階段は、全て歯車で構成されていた。
地下は空洞であったが、街の全てを支えているかのように、いくつもの歯車が動いている。
その中に、一つの階段が存在しているという様子だ。
歯車仕掛けの空洞を見ながら、階段を何分もかけて下っていく。
途中、ダイヤモンドでできた歯車群に出会い、階段を踏み外しそうになる。
そうして辿り着いた先には、いくつもの歯車でできた、巨大な人型の像があった。


「この方が、この街の創設者です。
 私はこの街で唯一、この方の意思を知ることができます。
 この方は、あなたと会いたいとおっしゃった。
 それ故に私はあなたをここに連れてきたのです。
 街一番の神聖な場所ですから、決して汚さないで下さい。」

男はそう言い残し、再び階段を上って行った。

しばらく目の前の像を見つめる。
数多の種類の歯車により、細部まできめ細やかに構成されている。
瞳も、爪も、顔の皺までも。
しばらく見ていると、像が動き、話しかけてきた。

「旅の人よ、あなたはこの街の魔法にかからないのですね。」

部屋に、心地よい風が吹き込む。

「この地に留まらないのなら、この街の成り立ちを教えましょう。」

なぜそれを語るのか、それを問う間も与えず像は話し始めた。

「私は、元は魔法を扱う“人”でした。
 しかし幾百年も前、東で力を振りかざし、好き勝手に魔法で悪さをする魔女に、歯車仕掛けの体にされてしまったのです。
 
辛かった。
 涙も出ぬ体にされ、動くこともできません。
 できる事といえば、土を歯車に変える事だけでした。
 私はその力で地下の土を全て歯車に変え、小さな街を作りました。
 作り上げられた街には、魔女に対する怒りや憎しみ、恨みが込められていました。
 しかし、憎しみや恨みの炎も、私という小さな存在の中では長生きできませんでした。
 いつしか炎は消え、気付いた時には私の中に“孤独の寂しさ”しか残されていなかったのです。
 
そのせいでしょう。
 あの二つの巨大な歯車を作った後、この地に人が集まるようになりました。
 歯車に込められた、私の寂しさという感情が、人々を引きつけたのです。
 彼らはこの地に工場を作り、ひたすら歯車を作り続けました。
 この地で作られる歯車は、私の感情に汚染されたものから作られます。
 街が次第に大きくなるにつれて、歯車の魔力も拡大し続けていきました。
 結果、今のこの街があります。
 私の感情という魔力が、彼らの人生を狂わせてしまったのです。
 彼ら一人一人が私の狂った歯車の一つ一つ。
 そう、思っていました。
 ところがどうでしょう。
 彼らは狂うどころか、人並みの営みを始めました。
 歯車のかみ合いは、人と人のかみ合いを生み、偽りだとしても、幸せを手に入れました。
 うれしかった。
 悲しみと憎しみしか乗らなかった私の肩に、幸福の鳥たちがとまってくれたのです。
 私は、彼らを手放したくなくなった。
 そしてその感情は、彼らがこの街から出る事を奪いました。
 この街に魅了され、この街に足を踏み入れた者は、この地から離れられなくなった。
 私の歯車は、鎖となりました。
 
いずれ、この地の資源は底を突くでしょう。
 その時彼らは、真の狂った歯車となります。
 恥ずかしながら、私の暴走してしまった感情は、私の鉄の仮面同様、変えることができません。
 一人の愚か者の負の感情が、何百という人の全てを狂わせてしまった。
 その事を、外の人間に伝えてほしい。
 この地に、もう誰も踏み入らないでくれと。
 これ以上、私の感情で人が狂っていく姿を見たくないのです。
 勝手な言い分であることは承知していますが、あなたにしか頼めません。」

その後、像は動きを止め、最初に出会った時のように、ただの歯車の塊となった。
それまでの出来事が幻想であったのかと思ってしまう程、静けさが部屋を覆う。
ただ一つ、像の下に小さな、本当に小さな水の粒があったのは、気のせいではなかった。

街を出た風は、世界を駆け巡り、悲しき地の、悲しき友人との約束を、その生涯に渡って果たした。

―――そこは歯車の街。人の心に入り込み、嘆きの主と、心を失くした者が辿り着く、悲しくも儚い理想郷―――
                                             と。


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